『I wish.』
















 「いや、あの……」
「だって法師さまっ、私、好きなんですっ!!」
なんって押しの強い娘だ。そう内心で感心されているとも知らず、少女といってもいい娘は一生懸命に法師に迫る。

 「ね、私の家へ来てください!!」

 この場合の「家へ」がただ単に宿をとるという意味でないのは明白。
 なぜなら、すでに泊まってはいるのだから。
























 かごめが井戸の向こうへ帰って、犬夜叉は珍しくついていった。

 こういう時、弥勒と珊瑚はとりあえず少しでも情報を集めようと、出かけることにしている。七宝も雲母もいるということで、珊瑚の警戒も薄く、弥勒も特に何かすることはない。いたって平穏な退治旅になることが多かった。
 今回も、いつもと同じ気持ちで気楽に宿をとろうとしただけである。いつも通りの弥勒の胡散臭いお祓い。ところが、その家には可愛らしい一人娘がいたものだから、少々勝手が変わってしまった。
 ねえお父様わたしあの法師さまが気に入ったわお願い引き止めて。と、駄々をこねる娘に、父親である名主は困り果てた様子でおどおどと説得しようとしている。もちろん、大した効果はない。
 当の弥勒は苦笑いしつつ何も言えず、同意を求めるようにときおりこちらを向く娘にもただ首を横に振るだけ。助けてくれないかと思って仲間たちをみやっても、子狐は呆れた視線を向けるばかりで、猫又はもとよりあまり干渉してくれないし、退治屋の娘に至っては予想通りというかなんというか冷たい視線を向けながらただ黙る。

 こんな時は、かごめの話術が恋しい。

 本気でそう考えながら、なんとかうまく部屋に引っ込めないものか・とタイミングをひたすら計っていた。その時。
 退治屋の娘が、すっと立ち上がった。
 「すいません名主さま、私は少し屋敷の周りを見てまいります。娘さんと法師さまと、どうぞご自由に交渉して下さい。」
「ええ!?ちょ、ちょっと珊瑚!」
「じゃあね、法師さま。あたしのこと心配して見に来たりもしなくていいから。」
ぴしゃんと障子を閉められた。あとには法師と子狐と猫又と、箱入り娘に名主が残されるのみ。

 「……怒った、んですかねえ…?」
「うむ。多分怒っておるんじゃと、おらは思うぞ。」
子狐が知った風な口をきいて、猫又はみいと小さく鳴いた。





























 さて。
 無情にもというかなんというか実際問題なんのためらいもなく時は過ぎ、日が暮れ山が染まりカラスが鳴き出しそうな夕闇の中。
 退治屋の娘は、何の意味もなく名主の家周りをぐるぐると歩き回っていた。





 ――どんなことを言われた後だろうが。

 ――どれだけ距離の縮まったことを認識しようが。


 ……イラつくものは、イラつく。








 「……馬鹿らし…」
ため息をついたところで、後ろに気配を感じた。
「…なに」
「まだ、見回り足りませんか?」
 もちろん、十分に足りている。もとよりこの家に邪気などなかった。いつもの、弥勒のでまかせだったんだから。
 けれど戻りたくなくて、
「まだ。」
すたすたと歩き出すと、法師がため息をつくのが聞こえた。それがまた、イラつかせる。
「ねえ珊瑚。分かってるでしょ?私、何度も断ってますよ。」
「何を」
「だから、名主様の娘御の。」
「あんなの、誰も気にしてない」
「じゃあなんでそんなに苛ついているんです」
「苛ついてないよ」
「嘘。」
「嘘じゃない。」
「ねえ、珊瑚」
「……知らない。」
「え?何が?」
「知らない。」
「……。こっち向いてくださいよ」
「知らない。」
「珊瑚ってば」
「知らない。」
「もう森に入ってしまいますよ」
「知らない。」
「知らないって、珊瑚?」
「法師さまなんか、知らない。」
「ちょっとちょっと……」
「知らない知らないっ、あたし知らないっ!!」
「珊瑚。」
くっと肩に重みを感じ、次の瞬間には体の向きを弥勒の方に変えられていた。背中に木のざらざらした感触。押し付けられているようだった。それでも珊瑚は、少し真面目な顔つきの弥勒を、ただじっと睨むだけだ。しかし。
 頬が赤く染まって、少し目が潤んでいて。どちらかと言えば怒っているような表情なのに、どこか可愛らしくて。
 思わず、顔が少しほころんでしまう。
 だがそれすらも珊瑚の気に障ったらしく、すねたようにうつむかれてしまった。軽く苦笑いを浮かべながら、肩を押さえた手の力を和らげ、もう片方の手で少し頬を撫でる。
「珊瑚」
「…あたし、知らない」
また言うか。
「だから、どういう意味です。」
「……知らない。」
ますます顔をうつむけ、そしてその頬はますます熱を帯び。
「あたし、知らないもん。…どうしてこんな、すぐ、怒っちゃうのか、知らないもん。」

 分かってる。分かっています。貴方はきっと、私を選んでくれること。

 ずっとずっと不安で、一月前ならこんな確信すら持てなかったけど…でも、貴方は言ってくれたから。
 だから、もう安心していいはずなのに。分かっていても、この胸は。
 貴方が他の誰かといるだけで、はやり、そしてざわめく。
 苦しくて苦しくて、どうしても落ち着けない。

 だから。

「あたし知らない。今のあたしのこと、よく、分からない。」



 そうして、彼女はまた黙った。
























 「……ふうん」
なんとまあ可愛らしいことを言ってくれることか。
 そう内心思いつつ、出来るだけ優しく微笑って、肩に当てた手をゆっくり背中に回した。珊瑚の顔が、少し上がる。
「じゃ、本気で怒ってはいないんでしょう?」
「…え、そ、それ、は…」
「正直に答えなさい。」
「……、…たぶん。」
「それなら、いさめてあげます。」


囁くように言ってそれから、音もなく抱きしめた。


























 どれくらい経ったのかはやっぱり分からなかった。
 つと顔を上げれば法師の微笑った顔。自分の頬がいつもの如く火照っているのを自覚しながら、やっと言葉を発す。
「……余計、わかんなくなった。」
「分からなくってもいいじゃないですか。」
「あんまり良くない。」
「私はこうして珊瑚がそばにいるってだけでいいですけど。」
「……そういうセリフ、何回くらい言ったことあんの」
少しだけ考えるような素振りを見せて、
「…十人くらい、ですかね。」
「……、そんなことだろうと思った」
「あのね、珊瑚。」
 ほんの少し表情を改めて、だけど柔らかく続ける。
「言葉とか、行動とかはね。ただの“物”でしかないんですよ。」
「え?」
「例えば、同じ言葉…そうですね、“好き”っていう言葉をかごめさまと七宝と犬夜叉がお前に対して言ったとしますよ。それは、それに込められた気持ちは、全部そろってまったく一緒のものだと思いますか?」
ほんの少し考え、言った。
「…違う、んじゃ、ないかな。」
くすっと軽く笑って、続ける。
「そうでしょう。きっと、三人が三人とも、それぞれの色んな気持ちを込めてくるでしょう。」
 もう一度、腕に力を込めて抱きしめた。甘い優しい匂いがして、温かくて、愛しくて。

 言葉なんて小さな器には、込め切れない気持ち。

 「…私だって、一緒です。」
彼女の鼓動が、聞こえそうな気がして、聞こえない。
「同じことを言っても、同じことをしても、他の人に対するものとは、込めるものが違うんです。――珊瑚にだけは、全然違う。」
 心臓がどんどん激しく波打つのを感じながら、珊瑚は声を絞り出した。
「…本、当?」
「本当に決まっているでしょう。…どう違うのと言われたら、言葉には出来ませんけどね」
「……しなくっても、いい。」
きょとんと見下ろすと、珊瑚はやっと笑ってくれていた。相変わらず、顔は真っ赤に染まっていたけど。
「さっき。法師さまが言っていたこと。…ちょっとだけかもしれないけど、分かったよ」
 言葉も、行動も、全部ただの物でしかないんだ。例えばその言葉や行動に何か意味があるとして、その意味を本当に持っているのは、使った人間自身なの。

 だから、人が違えば、その人の心が違えば、同じ言葉だって同じ行動だって全然違うんだよね。

 今の自分の状態は、やっぱりよく分からないんだけど。でも、よく分からないものこそ、多分自分の心そのままなんだ。

 だとしたら、これは、この気持ちは、これをもしも言葉にしたならその言葉は。

 そっと両手を上げて、法師の袈裟を掴んで。
「ねえ、それじゃあたし、法師さまがこの前言ってくれたことは、さ。」
目を少し丸くしている法師を真っ直ぐ見つめて。

「あたしのこと、好きって言ってくれたのとおんなじだって、信じてもいいの?」


 この「好き」という単語一つにすら、込められる気持ちは複雑すぎるくらい複雑だろうけど、でもやっぱり一番簡潔で、分かりやすい言葉。


 「……はい。」
間を置いてから出された返事を聞いて、珊瑚は嬉しそうに微笑んだ。くっとかかとを上げて背伸びをして、腕を彼の首に回して。




 「……」




 ほんの一瞬だけ軽く触れた唇から、小さく、柔らかく言の葉が滑り出た。


「ありがとう。」




 “好き”と言ってくれて、ありがとう。

 “好き”になってくれて、ありがとう。










 きゅっと腕の力を強めて。




「あたしも、好きだよ。」












                            ------------------End.
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 あ、これも結構お気に入りです(「あ、」って何、「あ、」って)
 ちょうどこれ書いた頃なんでしょうねきっと、あのプロポーズ話が(笑) この話を境に弥勒が珊瑚ボケ法師に変化してってます。どんどんべたべた甘々のバカップルになっていきます。まーこの頃はまだ軽いキスで終わってますけどねー今なんかねー…なんかね〜!(腐ったなあこの数年で…)
 まあとりあえずそんなわけで、大体プロポーズ話の直後だと思っていただきたいですこの話。今より文章うまい気がする…どうしよう……(ホントどうしようかこの人)





 いつもいつも、この人はこんな人。
 誰にでも好かれて、でも誰にも許してなくて。
 分かっていても、悔しいよ。